ありがとうございます 神書 8-21

神書目次へ


真理とは神さまの働き、神さまの光


 真理とは神さまの働き、神さまの光です。真理は思いを消し、縛りを解き、自由にしてくれるのです。真理の言葉とは、真理を指し示すものであって、真理そのものでは無いのです。真理には無限の力が在るのです。真理は生かす力・幸せにする力・自由にする力です。真理は神さまの言葉、真理の言葉は人の言葉です。人の言葉には優劣があるのです。真理を受け易い言葉が優れた言葉です。




 祈りと祈り言葉の関係も同じです。祈りに無限の力が在るのです。祈り言葉には力が無いのです。祈り言葉を使って、神さまの祈りを感受したときに、祈りの力が発揮されるのです。祈り言葉には優劣が有るのです。プラスの言葉は、祈りに波が合い易いのです。マイナスの言葉は、祈りには波が合わないのです。言葉の違いによって、祈りの効果が違ってくるのです。




 どんな言葉にも必ず、言葉の縛りが付きまとうのです。真理にまで心を向けなければ、神さまの光を受けなければ、その言葉の縛りは消えないのです。どんな真理の言葉でも、言葉に囚われると、その言葉の縛りで雁字搦めになるのです。真理に心を向けることが大事なのです。真理の言葉やそれを説く人に心を向ける必要は無いのです。逆に真理の言葉や人だけに心を向けていたら、真理そのものに心を向けていないことになるのです。神さまの働きの邪魔をしないように、真理の言葉も人も、謙虚に謙虚に後ろに退かなければならないのです。




 大自然の姿で例えれば、真(まこと)の神さまは地球の大気圏の外の、太陽のような星が無限に一杯の姿です。無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!というのが、真(まこと)の神さまの本当の姿です。絶対感謝の世界というのは、地球の大気圏の外へ抜け出て、すべての星を太陽のように感じ取れる場に立った世界です。感謝の世界というのは、地球の大気圏で乱反射して生じた、疑似光体としての太陽を仰ぎ見て、雲の上へ抜け出て、光を一杯感受している世界です。絶対感謝になれば、本物を大きく把握するのです。それまでの感謝は、偽物を小さく把握しているに過ぎないのです。雲の世界や雲の下の世界は、思いの世界です。僅かな光と反射光を感じ取る世界です。自分の意識をどこに置いて、どれだけの光を感受するか、人それぞれに雲泥の違い・天地懸隔の違いが有るのです。




 過去を掴み、部分を掴み、小さくなっている自分は、思いの心の自分です。地上の姿に一喜一憂しているのは、思いの心の自分です。すべての思いを消し切り、雲の上に抜け出て、太陽の光だけを感受してこそ、感謝に生きる自分です。更には地球の大気圏を抜け出て、宇宙大の大きい自分になってこそ、絶対感謝に生きる自分です。