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本当の自由自在な生き方をする為に


 本当の自由自在な生き方をする為には、常に全体・全相・全貌を把握しなければならないのです。



 思いの殻に閉じこもったら、井の中の蛙と同じで、視野が狭くなり、そこから抜け出すこともできないのです。小さな部分しか知らないということは、大きな全体を味わう自由が無いのです。




 全体を把握する地図があれば、迷わないで正しい目的地に到達できるのです。群盲象を評すというのは、全貌を把握しなければ、正しい判断はできないということです。山に入っても、山全体を見ていなければ、迷ってしまうものです。常にすべての全体像を把握してこそ、そこに本当の自由があり、自在に成れるのです。




 神さまが相対の両極を組み合わせて生み出している宇宙の相象は、実の世界の無限の無限のチャンネルの番組、虚の世界の無限の無限のチャンネルの番組となって、間断なく永遠無窮に新生し続けているのです。




 人は各々自分の自由意志で選んだ番組を、あの世という世界に虚実の無限の無限のチャンネルの番組の中から、極一部を現実化しているだけです。この世は更にあの世全体の縮図として、小さく現実化しているのです。人はどの番組でも自由に選んで、自分の運命・世界として味わうことができるのです。




 人は言葉を積み重ねて、心(信念)を作り、心全体で波長を合わせて、一つの番組を選んで現実化しているのです。だから一人一人の言葉の積み重ねはすべて違うので、一人として同じ番組を見ている人はいないのです。




 無限の無限のプラスの言葉を駆使し続けた者は、必ず実の世界の高い番組を現実化して味わうことができるのです。マイナスの言葉を積み重ねた者は、虚の世界の低い番組を現実化して味わうしか無いのです。すべては自分の積み重ねた言葉通りに成るのです。




 自分の見たり・聞いたり・言ったりした言葉は、自分の積み重ねた言葉になるのです。実の世界の最高番組を味わいたい者は、無限の無限のプラスの言葉だけを見続け、聞き続け、言い続ける必要があるのです。




 先ず言葉選びが一番大事なのです。次にその言葉を駆使し続けることです。そうすれば必ず自分の自由意志で選んだ言葉通りの番組を現実化して味わうことができるのです。




 無限の無限のチャンネルの神さまの放送番組として在るということと、その中から選んで現実化した番組として在るということには、大きな違いがあるのです。




 また自分が選んで現実化した番組の中に在るということと、他人の現実化した番組の中へ自由に入り込んで在るということとは、大きな違いがあるのです。




 自由自在な自分になればなるほど、より高い番組を現実化することができるし、また高い番組から低い番組へ自由自在に入ってゆくことも可能なのです。