ありがとうございます 神書 7-21

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八百万の神々に助けてもらえる自分になること


 宇宙絶対統一神への絶対帰一・絶対随順・絶対奉仕すれば、八百万の神々は喜んで奉仕して下さるのです。自分のすべてを絶対神に捧げ尽くせば、八百万の神々は守りに護って下さるのです。頼まなくても、願わなくても、八百万の神々に助けてもらえる自分になることこそが、一番幸せな自分になることなのです。絶対神へ自分のすべてを捧げ尽くす一大決意ができたなら、正しい祈りのできる自分になる為に、祈りに祈る練習をすることです。神さまへの奉仕は、祈りに始まって祈りに終わるのです。




 自分のすべてを捧げ尽くす一大決意こそが、何よりも大事なのです。一大決意さえ有れば、後は容易に実行できるのです。やまたのおろち(八大煩悩)を退治し、五欲を断絶して、自我の心を死に切れば、本心の自分が現れて来るのです。その本心の自分を神さまに捧げ尽くせば、神さまへの絶対奉仕になるのです。本心の自分を捧げるというのは、真祈りのできる自分を捧げることです。真祈りのできる自分を捧げるということは、真祈りを捧げることです。真祈りが神さまへの奉仕なのです。神さまの御心を現実化する為に必要なことは、真祈りだからです。




 真祈りを祈る一大決意が、何時できるかが問題なのです。真祈りを祈らなければ、八百万の神々に追い払われて、七難八苦の世界を彷徨うだけです。真祈りを祈れば、八百万の神々に守りに護られて、神我一体となるのです。本心の自分の真実の願いが出て来なければ、どうにもならないのです。一大決意ができるかどうかは、本心の自分がチラッとでも顔を出しているかどうかで決まるのです。本心の自分を引き出す為には、世の為・人の為に、身を粉にして働くことが一番なのです。報いを求めないで、無報酬で、ボランティアで、全力を尽くして、他にプラスのものを沢山与えることです。そうすることによって、本心の自分を覆い隠す業想念が大きく消し去られて、本心の自分は顔を出し易くなるのです。




 反対に不労所得を得たり、働き以上の報酬をもらったり、働かないで他の助けを受けることは、本心の自分を業想念で覆い隠してゆくことになるのです。与える量よりも、受ける量が多くなれば、業想念を沢山被ることになるのです。働きが少なければ、他からの借りが増えて、業想念を沢山被って、本心の自分は隠されてしまうのです。そうなると本心の知恵も能力も力も出なくなって、益々働きが少なくなるのです。悪循環に陥るのです。この悪循環を断ち切る為には、清貧に徹し切って、無報酬の働きを、少しずつでも増やしてゆくことです。過去の習慣性に甘んじていては、業想念の奴隷状態から抜け出すことは不可能です。七難八苦の嵐に見舞われる前に、本心の自分に戻ることが大事なのです。