ありがとうございます 神書 5-48   無限の調和が無限に無限に一杯!

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神さまが与えて下さる無限の無限のプラス


 無限の無限のプラスの中には、一切のマイナスは無いのです。無限に小さな虚のプラスから無限に大きな虚のプラスまでが、無限に小さな実のプラスから無限に大きな実のプラスまでが、無限の無限のプラスの中に、大きく一大包容されているのみなのです。


 神さまが一瞬一瞬新たに与え続けて下さっているのは、新たなる全徳の無限の無限の輝き(無限の無限のプラス)なのです。


 神さまがマイナス(例えば病気・貧乏・苦痛・試練等)を与えて下さったと見ているのは、受ける側の人間の自分勝手な見方なのです。


 与える側の神さまは、常に常に無限の無限のプラスのみを与え続けて下さっているのです。小さなプラスだけを与えて下さったと見ているのも、自分自身が小さなプラスだけしか受け取らなかったからです。




神さまがマイナスを与えて下さったと見ているのも、自分自身が高慢な心になって、その高慢な立場から、無限の無限のプラスのものを、マイナスに見てしまった結果なのです。




 神さまが与えて下さる無限の無限のプラスは、無限に深く・無限に大きな感謝の心で受けることができるのです。真実の感謝とは、無限の無限のプラスの言葉(感謝の祈り言葉・全徳の無限の無限の輝きを指し示す言葉)を駆使して、無限の無限のプラスの心になって、無限の無限のプラス(神さまの全徳の無限の無限の輝き)を感受することです。


 神さまは、無限の無限のプラスのものを、与え続けて下さっているのです。それをマイナスに見たり、小さなプラスに見たりしているのは、高慢だからです。無限の無限の価値有るものを、自分自身が拒絶しておいて、そんな無限の無限の価値有るものなど、一つも与えられていないと、自己主張していることになるのです。




 現実の運命というものは、その人が過去において、『神さまから何を心に受け入れて来たか』という結果を示しているのです。何事も言葉によって心に受け入れ、それを運命に投影して眺めているのです。


 現実世界だけを相手にして、それを言葉に表現していては、心に受け入れているのは、現実の運命の姿です。それでは似たような運命を繰り返すことになるだけです。そのような生き方は、神さまを完全に無視した、傲慢極まりない生き方です。


 自分の心の殻に閉じ籠もって、過去の残像の中で生き続けているのです。自分の心の扉を閉じて、鍵を掛けているのは、自分自身なのです。先ず自分の方から、心の扉を大きく開けようとしなければならないのです。そして神さまの新たなる全徳の無限の無限の輝きを、受け入れようとしなければならないのです。後は無限の無限のプラスの言葉を駆使して、心に新たなる全徳の無限の無限の輝きを受け入れるだけです。心に受け入れたものは、必ず現実の運命となって顕現して来るのです。