ありがとうございます 神書 5-24 無限の調和が無限に無限に一杯!
どのようにでも思える自分というもの
自分自身を正しく知ることによって、人生の目的も正しくなってくるのです。
自分とは何か?
人生の目的とは何か?
自分をどのように把握するかによって、人生の目的も変化してくるのです。
自分を何と思うか、その自覚の深浅によって、その生き方は大きく変化してくるのです。
自分というものは常に、自分の思いの中心に立って、自分の思い通りの生き方をしているものです。自分を肉体と思うか、魂と思うか、生命と思うか、またその総体と思うか、その思い方の違いによって、人生の目的にも大きな差異を生ずるのです。
人は自分をどのようにでも思えるのです。
自分を詰まらないものと思うこともできれば、無限の価値あるものと思うこともできるのです。
自分をこの世だけのものと思うこともできれば、あの世に通じた永遠のものと思うこともできるのです。
自分を不完全なものと思うこともできれば、完全なものと思うこともできるのです。
自分を神さまと遠く離れたものと思うこともできれば、神さまと一体のものと思うこともできるのです。
様々な思い方の違いによって、千差万別の生き方が生まれ出てくるのです。どのような生き方も、自分の選んだ自由な生き方なのです。
人は常に自分の思い通りの世界に住み、自分の思い通りの人生を歩んでいるのです。
自然にそのように思える人には、既にすべては自分の思い通りになっているはずです。
もしそのように思えない人は、また自分の思い通りになっていない人は、自分自身が未だ思い通りにならないと思っているからであって、やはり自分の思い通りになっているのです。
地獄を思う人は地獄に住み、極楽を思う人は極楽に住むのです。
自分の住む世界は、自分の思いだけで決定される世界であると思う人は、他の生き方とは無関係に、自分の思いだけで決定される世界に住むのです。
他と影響し合う運命共同体の世界に住むと思う人は、他の生き方と密接に絡み合った世界に住むことになるのです。すべては自分の思い通りになるのであり、自分の思い通りになっているのです。
思いの中核にあるものは、言葉です。
言葉によって、思いを支配することができるのです。
すべては言葉の通りに、思いの通りに成るのです。言葉を選び、言葉を駆使することによって、自分の思いを自由自在に支配することができるのです。
マイナスの世界・プラスの世界、マイナスの極からプラスの極に至る光一元の大きな世界、無限の無限の種々様々な世界が厳然と存在しているのです。
これらの世界は、絶対神の全徳の無限の無限の輝きが、光一元に表現されている、最高傑作の世界の各部分です。
人は言葉を駆使し、思いを支配して、それらのどの世界にでも自由に住むことができるのです。自分とは、自(自ずから存在するもの・絶対神)の分かれ、絶対神と一体のものであるからです。