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心の中の貯金と借金



 お金を幸せの代名詞のように考えている拝金主義者も、お金では幸せを買うことはできないということに、いずれは気付く時が来るものです。


 因縁因果の法則は、天網恢恢疎にして漏らさずであって、厳然と一切のものに平等に働くのです。


 『与えたものが、与え返される』というのが、因縁因果の一つの法則です。自分が他に対して何を与えて来たかによって、他から与え返されるもが決定されるのです。他に幸せを与えた者は、必ず他から幸せを与え返されるのです。他に不幸を与えた者は、必ず他から不幸を与え返されるのです。お金が幸せの引換券として保証されているならば、この世の幸せは、お金を沢山持っている人が、手に入れ易いということになるのです。ところがこの保証をどこの誰がしてくれているのかと言えば、その責任の所在は明確では無いのです。予測のつかない価値変動が、絶えず起こっているのです。借りにその保証が有るものだという立場に立って考えれば、今自分がお金を手に入れたとする時、そのお金がどのような因縁を持っているのかを、正しく知っておく必要があるのです。




 自分が過去において、他に対して与えて来た幸せの量が、他から受けた幸せの量よりも多い場合は、心の中に貯金があるのです。これと逆の場合には、心の中に借金があるのです。今お金を手に入れたとする時、貯金のある者は、その貯金を引き出して減らしたことになるのです。貯金の無い者は、心の中の借金を更に増やしたことになるのです。また現実の労働の対価として手に入れる場合には、自分の働きがお金の額以上の価値があれば、その余った分は、心の中の貯金となって記録されるのです。自分の働き以上にお金を貰ったとすれば、その差額は、心の中の借金として記録されるのです。




 俗に只(ただ)ほど怖いものは無いと言うのにも、一理有るのです。神さまからの無償のプレゼントも、自己の全分を捧げ尽くしてこそ、感受できるものです。無償の愛を受けられるのは、自分が無償の愛を与えて来たからです。もし神さまからの一方通行で与えられたものであれば、速(すみ)やかに自分の方からも与え返すようにしなければ、受け難くなってくるものです。人からの無償の助けにしても、恩返しを忘れたら、直ぐにストップがかかるものです。




 感謝報恩の心を実践することを忘れていたら、受けたものはすべて借金になってしまうのです。




 大自然の恵みを受ける場合も、深い感謝を捧げなければ、借金を大きく積み重ねていることになるのです。その借金は、心の中の業想念(七難八苦)となって、大きく蓄積されてゆくのです。




 甘い話には常に、落とし穴が付きものです。感謝の心で恩返しすることを、常に常に心掛けていなければ、心の中の貯金を増やすことは、至難の業になってしまうのです。