ありがとうございます 神書 4-33   無限の無限の感謝が無限に無限に一杯!

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褒め讃え・感謝し・喜ぶ


 鼎(カナエ)(古代中国で食物を煮るのに用いた金属製の容器。普通は三本脚)の三脚は、三本とも長すぎることもなく、短すぎることもなく、バランスがとれていてこそ、その役目を完全に果たすことができるのです。三本の脚の中で一本でも高慢になると、即ち自分の他の二本の脚より偉いんだとばかりに、自分の足を長く伸ばしたとすれば、全体のバランスが崩れて、鼎はひっくり返ってしまうのです。また卑下慢になって、自分は駄目なのだ駄目なのだと、自分の足を短く縮めたとすれば、これもまた全体のバランスが崩れて、鼎はひっくり返ってしまうのです。我(自分)を出すということは、全体のバランスを崩すだけではなく、大事な仲間にも嫌われて、仲間を失うことにもなるのです。鼎の三脚は、その中のどの一つを失っても、全体の破壊に繋がるのです。




 家庭においても、会社においても、一人でも我の強い人が居ると、その家庭の幸せも、その会社の調和も破壊されてしまうものなのです。例えば高慢な父親が、自分が働いているから、お前たちは生きていけるのだ、などと恩着せがましく言ったとすれば、家族の全員から反発を食らうのは必至です。真実は一人一人に守護霊守護神が、必要なものを与えて生かして下さっているのです。父親は単にそのパイプ役となったに過ぎないのです。それを自分の力でしてやったのだと強弁すること自体、大変な間違いなのです。




 一人一人の本心は、このことを良く知っているのです。ちょっと我を出すだけでも、反発し合い・いがみ合いになって、みんなの幸せは大きく破壊されてしまうのです。会社においても、給料を払って雇ってやっているのだ、と言う傲慢な社長が居ると、会社全体の和が崩れるものです。仕事も嫌々するから、生き甲斐も喜びも無くなって、暗い不調和な雰囲気で一杯になるものです。高慢になれば、人の短所欠点を責め裁くようになるのです。卑下慢になれば、人の長所美点を羨んで陰口(悪口)を言うようになるのです。どちらも大きな災いを撒き散らすものなのです。




 幸せな家庭、調和した会社にする為には、お互いに“褒め讃え合い・感謝し合い・喜び合う”ということが絶対に必要なのです。家庭が幸せなのは、家族みんなのお蔭です。お互いの長所美点を褒め讃え合い、真心からお互いの存在・働きに感謝し合い、みんなのお蔭で自分はこんなにも幸せなのだと、喜びを表現し合わなければならないのです。会社が繁栄しているのも、社員みんなのお蔭です。お互いに褒め讃え合い、感謝し合い、喜び合わなければならないのです。『褒め讃え・感謝し・喜ぶ』ということは、神さまの御心・全徳の無限の無限の輝きを、顕現する為の必須条件なのです。このことはまた三大根本神力による宇宙創造の根本神律でもあるのです。