ありがとうございます 神書 4-31   無限の無限の感謝が無限に無限に一杯!

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神さまへの感謝報恩行


 神さまへの感謝報恩行に生きるようになってこそ、本心の自分に戻れるのです。自我の欲望を満足させる為に生きていては、いつまで経っても業想念の心の奴隷のままです。




 何事も徹底しなければ、本物は掴めないのです。中途半端では、右往左往するだけです。




 自分のすべてを神さまに捧げ尽くすようになれば、神さまを感受できるのです。そうすれば自分の心はいつも、無限の無限の幸せで一杯になるのです。




 自分の見ている世界は、自分の心の投影です。自分の心が幸せであれば、現実の運命も必ず幸せになるのです。自分の心と現実の運命は、全く一つのものなのです。自分の心が変化すれば、必ず自分の運命も変化するのです。自分の心を変えることによってのみ、自分の運命を変えることができるのです。




  自分の心をプラスに変えてゆく為には、守護の神霊の大きな加護が必要なのです。業想念の心・マイナスの心では、自分の心をプラスに変えてゆくことはできないのです。




 守護の神霊の加護に縋って、その助けを受けるようにしなければならないのです。謙虚な心・素直な心・真剣な心を奮い起こして、先ずは祈り言葉を唱え続けることが大切なのです。




 現実のマイナスを見ていては、自分の心をマイナスに変えてゆくだけです。現実を見るのであれば、マイナスの極から光一元に眺めて、すべてをプラスに見直して、褒め讃え・感謝し・喜ぶことが大事なのです。




 自分のすべてを神さまに委ねる全託行によって、自我の心を本心の心に置き換えていただけるのです。


 自我の心を生きようとしていては、神さまの助けを拒絶し続けていることになるのです。自我の心を主張している限りは、神さまの出番は無いのです。


 自我の心を大事に掴んでいるのに、無理やり本心の心と置き換えることはできないのです。玩具の自動車で満足している子供は、本物の自動車を与えようとしても、受け入れないようなものです。


 自分自身が本物を必要とするようにならなければ、本物を受け入れることはできないのです。自我の心は偽物・玩具なのです。本心の心が本物なのです。現実の世界は偽物なのです。神さまの世界が本物なのです。だから自我の心は現実に執着し、本心の心は神さまの世界に向くのです。




 餓え乾く者のように真剣に、本心・神さまの御心を探し求めるようにならなければ、未だ本心の心を本当に必要としていないのです。




 本心の力を発揮しなければ解決できない問題が山積して来てこそ、本心の力を探し求めるようになるものです。




 心も現実も七難八苦の状態になってくれば、必然的に本心の心を必要とするようになるものです。マイナスの極に立って謙虚になりさえすれば、神さまの助けが受けられるのです。