ありがとうございます 神書 2-7   無限の無限の喜びが無限に無限に一杯!

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光一元に観る生き方


 本心の自分の、光一元に観る生き方が、この世に一大調和をもたらすのです。すべてを新たに・明るく・善意に・楽天的に・プラスに感受してゆくことが、本心の自分を生きることであり、神さまの一大調和の流れに随順することなのです。神さまの一大調和の流れは、厳然と全大宇宙を貫流しているのです。




 その流れに素直に従っていれば、一大調和の下に置かれて、無限の無限の幸せで一杯なのです。本心の自分は本来、神ながらに・神任せに・自然法爾に生かされていて、無限の無限の幸せそのものなのです。その本心の自分をしっかりと自覚して生きることが、この世にも無限の無限の幸せを実現することになるのです。




 反対に本心の自分を忘れ、過去を掴み・物事に執着して、業想念の心に陥った時には、苦痛を味わうことになるものです。何故なら過去を掴み・物事に執着するということは、自然に移り変わる一大調和の流れに逆らうことになるからです。その流れに逆らえば、大きな抵抗を受けるのは、理の当然です。その大きな抵抗を受けるということが、苦痛を味わうということに当たるのです。




 どんな苦痛を味わうにしても、その責任は全て自分自身にあるのです。幸せを与えようとしている神さまの愛の働きに、自分が勝手に逆らっているからです。全体の調和を破り、他の幸せを壊そうとするのは、神さまの一大調和の流れに逆行しているのです。自分の生き方が間違っているから、苦痛を味わうことになるのです。苦痛は間違いに気付かせる為の、神さまの愛の諭しなのです。




 この世にはプラスとマイナスの生き方が混在しているのです。プラスの生き方とは、本心の生き方です。マイナスの生き方とは、業想念の生き方です。プラスの生き方は、すべてにプラスの傾向を与え、すべてを蘇生させ・活性化し・幸せにしてゆくのです。マイナスの生き方は、すべてにマイナスの傾向を与え、すべてを衰退させ・腐敗堕落させ・破壊し・不幸せにしてゆくのです。プラスの生き方は、プラスの生き方を助け、マイナスの生き方は、マイナスの生き方を助けるのです。マイナスの生き方を選んで生きている人を、無理やり・強制的にプラスの生き方に変えることは、誰にもできないのです。本人が自分の自由意志で、プラスの生き方を選び取るまでは、どうにもならないのです。




 例え地獄のどん底に落ちて、無限の無限の苦痛を味わうことになっても、本人がプラスの生き方を選ばなければ、その苦痛は永遠に続くのです。それは他の誰の所為でも無く、幸せに成りたいのであれば、プラスの生き方を選ばなければならないのです。その時にプラスの生き方を助ける、一大調和の流れに乗ることになるのです。