ありがとうございます 神書 2-23

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いのちの洗濯、心の大掃除


 いのちの洗濯、心の大掃除は、毎日毎日、真剣になされなければならないものです。過去世から積み重ねて来た業想念は、心の奥深くに、塵となって溜まりに溜まっているものです。その厚い塵の層が、いのち(本心)の輝き出るのを妨げているのです。




 本心の自覚を得ていても、未だ本心が大きく輝かないのは、塵である業想念が心の底に残っているからです。だからこそ心の大掃除が必要なのです。心の表面に浮かび出る業想念は、氷山の一角です。次から次へと浮かび出て来る業想念に圧倒されてはならないのです。その浮かび出て来る業想念を、一つ一つ着実に消し切ってゆかなければ、心の大掃除はできないのです。




 本心の心と業想念の心とをはっきりと区別して、今心に浮かび出た業想念は、守護の神霊の大愛によって、消し去られたのである!と、しっかりと心に確認することです。そして『ありがとうございます』と感謝しながら、神さまの中へ飛び込むことです。その時にこそ業想念は着実に消し去られるのです。




 心に溜まった塵である業想念の心の最たるものは、傲慢な心と欲深い心です。業想念の心に圧倒され・負けてしまったら、傲慢な心や欲深い心に陥ってしまうのです。本心の心である謙虚で愛深い心が覆い隠されてしまうのです。




 傲慢な心とは、神さまの大恩を忘れて、何でも自分の力でしているのだと錯覚する心です。これは自分の物なのだ、自分が何々をしてやったのだと主張するような心です。




 欲深い心とは、必要以上に贅沢を願う心です。欲深い心は、他人の持ち分を奪い、資格を浪費するものです。全体者である神さまから見れば、強盗殺人に値する大きな罪です。全体の調和の為に奉仕することを忘れて、自分達の利益を優先させる生き方は、癌細胞のような生き方であって、切り捨てられるか、全体と共に死滅するしか無いのです。




 自分の心の中の癌細胞(利己的な心)を早期に切除しなければ、自分自身が全体にとっての癌細胞になってしまうのです。心の畑の雑草も小さい中に、こまめに抜かなければ、心の畑全体が雑草(業想念)に覆い隠されてしまうのです。そうなれば自分も全体も、癌患者の末期症状と同じになって、苦痛の大きい悲惨な姿を呈することになるのです。




 傲慢な心・欲深い心に陥った人は、末路が悲惨です。地獄の業火に焼かれて、再生するしか方法が無くなるからです。そうなる前に何故、その傲慢な心・欲深い心を消し去って欲しいと、一心不乱に守護の神霊に感謝して縋らなかったのか、後悔しても後の祭りなのです。日々の心の大掃除を怠ったツケが廻って来るのです。




 謙虚な心で感謝を積み重ね、愛深い心で奉仕を実践し続けることが、日々の心の大掃除に当たるのです。それが守護の神霊の大きな浄めの助けを受ける為の必須条件なのです。