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               第一章 無限の無限の幸せが一杯!

永遠不滅の生命の流れ

 永遠不滅の生命の流れが、宇宙を貫流している。宇宙のすべては、一瞬一瞬、新しく生まれ変わり、新たに生かし続けられている。常に天地は一新し、万物は新生しているのです。その永遠不滅の生命の流れそのままに生きているものを、神というのです。真実の人間(本心の自己)とは、この神を指しているのです。

 生きるとは、真実に生きるとは、肉体我の生活を生きることではなく、永遠の生命の流れをそのまま損なわずに、本心の自分を生きることです。神ながらの生き方であり、自然法爾の生き方であり、空の生き方であり、無為の生き方であり、全託の生き方であるのです。人間はこの一番自然な生き方をする時に、永遠の生命を自覚し、必要なものはすべて豊かに与えられ、無限の喜びが心の底から湧き上がり、感謝一筋の幸せ一杯の人生を送ることができるのです。

 一瞬一瞬変化し、消え去ってゆく、生命の波の一つ一つに執着することは、生命の流れを阻害することであり、光輝く生命を曇らせるものです。だからすべての現れに執着してはならない、囚われてはならないのです。執着し、囚われた時に、無明(迷い・業因縁・想念感情)の雲が生まれてくるのです。その無明の雲が本心を覆い隠し、ますます無明の雲を積み重ねて、暗雲の地獄のどん底にまで落ち込んでゆくのです。人間のなすべき一番大事なことは、生命を曇らせるすべての思いから離れることです。宇宙大生命の流れのままに、自然に生かされていることに、感謝を深めて生きることなのです。

 光輝く生命を直観し、知覚し、感受(感謝して受ける)する心は、本心(真実の自己)です。目で見、耳で聞き、思いで分析し、認識し、善悪を判断しようとする心は、業想念の心です。人間は業想念の奴隷になってはならないのです。本心を輝かせて、自由自在な自分をしっかり自覚しながら、この世のすべてを、明るく・楽しく受け止めてゆくことが大切なのです。業想念の奴隷になると、執着はますます強くなり、虚栄心の虜となり、四苦八苦(生苦・老苦・病苦・死苦・愛別離苦・求不得苦・五陰盛苦)の不幸な人生を歩まなければならなくなってしまうのです。

 業想念から自由になる為には、業想念を相手にしないことです。業想念の心を自分の心として掴まないことです。逆に光り輝いている本心だけを、しっかりと見つめ続けることです。本心こそが本当の自分なのだと、本心と共なる自分、本心としての自分を生きることが大切です。絶対の中から、一瞬一瞬新たに、生まれ出て来る自分が、新生し続ける自分こそが、本当の自分なのだと、全徳の無限の無限の輝きで一杯!の自分を、大肯定して生きることが、真実に生きていることになるのです。