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    中心に立つとは、一番下に下りること

 日本には天皇陛下がいらっしゃるよね。天皇制は素晴らしい一つの姿よね。どんなものにも中心が必要ね。普通、皇室は天照大御神さまの子孫ととらえて「中心者」というふうに見てるでしょう。これは言葉の縛りですね。
 全ての存在は天照大御神さまの子孫よ。
 全ての人が宇宙の中心よ。
 みんな平等なんよ、一番奥の元ではね。みんな平等だから、またみんな神さまの無限の無限の謙虚さというのを持ってるから、自分から中心になろうとはしないわね。みんな謙虚に譲り合うのね、最後に一人、神さまが定めて誰かがなるのね。これは誰が偉いからとか、どうのこうのと違うよね。
 また、太陽系の中心に一人の天皇がいるのよ、地球にも一人いるよね、中心者としてのね。
 中心ってやっぱり大事ですよね、中心があるから調和するのよね。だからいろんな中心がいっぱいあるでしょう。中心がたくさんあって、ぜんぶが調和しないといけないでしょう。
 その中心になった人が偉いんじゃないのね、一番謙虚なんよ。一番下に立って、全責任を持って全体の調和を図るの。だから、中心に立つのは大変なの、本当はね。みんなのマイナスを一心に背負わないといけないのね。「本物の中心」ってそういう意味よ。我をなくして自分を犠牲にして、みんなの幸せのために全責任をもって果たしていくのよね。

 でも、低い番組は上に立つのを中心だと錯覚するのね。上に立ってみんなを支配するのが中心かなと思うでしょう。そういう権力者的な、上に立つ生き方は本物の中心じゃないの。でも、それも低い段階では中心と言えるのね。でも、高い番組で「本物を中心」と言うのは違うね、自分が一番下に下りることね、みんなを支えることなんよね。それもみんなが本当の自由を発揮してそうなるのね。

 「ありがとうございます」と唱える人は、ますます謙虚になっていくのがいいですね。全て神さまの力でおかげでという、謙虚になっていく生き方ね。謙虚になるからこそ神さまの働きが大きく降りてくるの。良いものとどんどん置き換えてくれるね。
 上に立つのではなく下に降りるのよ。みんな下に降りて感謝を深めることによって良いものを大きくいただいて、世の中を下から大きく支えて変えていくのね。神さまの働きを一番下から受ける立場よね。お祈りをするという事は、上に立って何かするのではないよね。神さまに力を振るってもらって良いものを一杯与えてもらうという、それ受けるのがお祈りをする人の役目なんで、リーダーにならなくても良いんです。下へ下へ降りて自分を隠してしまえばいいんです。そういう所に神さまが本当の力を振るって大きく働いてくれるんです。

 自然との関係でも、人間が上に立って支配すると馬鹿を見ますね。結局自分が支配できるものなんて一つもないのだから、最初から人間が中心に立てばいい、謙虚に一番下に立って皆を大事に拝み上げたらいいんでしょう。皆のおかげでこうして幸せに生かして貰っていると感謝の心を深めていけば、大自然とも調和して、大自然は自分を幸せにしてくれるだけね。だから、本当は上に立ったらだめよね、万物の霊長だといって、上に立つためじゃないですね、万物の霊長だから下に、中心に立たないとだめね。

 「ありがとうございます」を唱える人は中心に立つの。謙虚に謙虚に下に降りて皆を拝み上げないとだめよね。そういう人が一番大きい幸せを与えてもらうのね。上に立ったら感謝できない、自分が支配していると思うと、皆は下に行ってしまうからね。でも、自分が下に立ったら石ころ一個一個にも「ありがとうございます」といえるもんね。道路を歩くにも石ころがじっと静止していてくれなかったら、歩く場所がなくなるのよ。石ころは頭を踏まれても「ありがとうございます」と支えてくれるでしょう。謙虚になれた人は全てに感謝できるようになるの。

 「ありがとうございます」と唱えていたら、どんな腐れ縁も神さまからの神縁に変わって、みんな光り輝いてしまうのね。どういう世界に自分が置かれていてもそこが中心になるの。神さまの中心に置いてもらうのね。自分の周りは無限に無限に輝いている神さまの世界になりますね。

 中心というのは上とは違うのよ、一番下。中心というのはね、一番下だから全てが降りそそぐように流れ込みますね。そして、無限の無限の感謝が湧き上がります。だから、一番下に降りたら一番幸せなんです、全てがプラスに見えるでしょう。
 例えば人に悪く言われればちょっと腹立てるでしょう、それはその言葉より上にいるからですね。馬鹿といわれて腹を立てる人は賢いのよね。どんな言葉を言われても喜べたらいいんでしょう。悪い言葉をいっぱい並べてくれたら良いんです、「ありがとうございます」と言えたら良いんでしょう、一番下に降りたらそうなりますね、悪魔と言われても、人殺しと言われても「ありがとうございます」と言えたら良いんです、謙虚な立場でね。
 謙虚な立場ほど神さまの光をいっぱい浴びられるからみんな中心に立っているのよね、一番下が中心なんです、本当はね。
 「ありがとうございます」を繰り返したら謙虚になって中心に立つ自分、いつも神さまを感じられる自分になるのね。元々はみんなそうよね、みんな難しい事をしすぎていて、元に戻れないだけよね。迷って、もう嫌だと全部捨てたら、悟った自分に気付くという、そんな感じよ。中心に置いてもらうのは大光源の大光体の中なのね、自分はあくまでも常に中心ね。どこにもマイナスの闇はなくなるの、自分以上の闇はないよね(笑)