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     真剣な生き方-神さまの御心を生きる

 本心の自分を引き出す為には、真剣さが必要です。自己限定の思い(限界)を打ち破る為には、常に真剣に、限界破りに挑戦する必要があるのです。過去世に積み重ねた無限の業想念は、常に本心の現れるのを邪魔しているのです。この業想念を消し去ろうとする、一大決意と一大勇猛心が必要です。

 真剣になる為には先ず、古い自分を神さまにお返しすることです。古い自分を捧げたら、引換えに、新しい自分を受け直せるのです。自分のすべてを引き換えにすることが、『命懸け』なのです。そうすれば『今』の一瞬一瞬に、無限の無限の価値を見出して、大事に生きることができるのです。

 自分の蒔いたマイナスの種を、無責任に放置していては、マイナスはどんどん大きく殖え続けるのです。過去世からのマイナスの身口意の三業は、無限に大きくなっているのです。各自の蒔いてきたマイナスの種は、地球上の全ての樹木の数以上に、大きく育っているのです。そのすべてを切り倒して、焼き尽くすほどの、一大決意をもって取り組まなければ、マイナスを消し去ることはできないのです。無限の無限のプラスの祈り言葉を駆使して、死に物狂いで・命懸けで・真剣に・一心不乱に祈るのは、短期間に処理しなければ、マイナスを減らすことはできないからです。悠長なことをしていては、マイナスは大きく殖える一方です。

 宇宙絶対統一神・天照大御神と対面する為には、真剣さが必要です。『いのちがけ』の感謝、『いのちがけ』の奉仕に明け暮れるようにならなければ、天照大御神を感受できる心にはなれないのです。『無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!』の天照大御神を感受する為には、灼熱の炎の中に飛び込むだけの、勇気と真剣さが必要なのです。いのちも何も要らないと言えるだけの、一大勇猛心を奮い起こさなければならないのです。

 太陽を見たからと言っても、自分が太陽に成れたわけでは無いのです。太陽に成る為には、自分のすべてを太陽に与え尽くして、自分を消し切らなければならないのです。神さまの大きな光を感じたからと言っても、自分が神さまに成れたわけでは無いのです。神さまに成る為には、自分のすべてを捧げ尽くして、神さまへの絶対奉仕に生き続けなければならないのです。自分が完全に消え去った時に、神さまが現前するのです。

 神さまへの絶対奉仕に生きるとは、神さまの御心のままに生きることです。神さまの目的を自分の目的とし、神さまの願いを自分の願いとするのです。一切の自分の願いを出してはならないのです。我の心を微塵も出せないのです。例えば「神の御心を示し給え」というのは、我の願いになるのです。自分の方から、いのちがけで・真剣に、神の御心を汲み取ろうとしなければならないのです。また「神の御心のままに動かし給え」というのも同じです。神に命令しているようでは、大きな我の心になるのです。自分の方から、神の御心を汲み取って、真剣に動き出さなければならないのです。

 神さまは人の自由意志を絶対に縛って来ないのです。人は神の奴隷・操り人形になっては間違いです。人は完全な自由を保ちながら、神の意志に一致してゆかなければならないのです。どこまでもどこまでも、神の意志に完全に一致するまで、精進努力し続けるものなのです。永遠に終わりが無いからこそ、神さまの偉大さが実証されるのです。行き止まりの無いのが、無限の無限が、本当の神さまの御心なのです。

 本心の心・与える心を生きるのを怠って来たから、無限の業想念(無限の借金)を積み重ねたのです。だから本心の心・与える心を生きようと、命懸けで努力することが、救済の神々の助けを受ける為の必須条件です。無限億万分の一秒という短い一瞬一瞬に、新たなる全徳の無限の無限の輝きを感受するということは、並大抵の真剣さでは不可能だからです。神さまの与えようとする真剣さに比べ、人の受けようとする真剣さが、余りにも足りなさ過ぎるのです。常に新生している本心の心でも、一寸油断すれば大きく受け損なうことになるのです。

 真剣とは、スピード化することです。より短い時間に、より多くのプラスのものを神さまから受け、それを現実化することです。真剣な心は本心の心です。本心の心が大きく輝き出て来れば、真剣な心に自ずから成るのです。逆に真剣な生き方をすれば、自ずから本心の心は大きく輝き出て来るのです。命懸け即ち命を捧げる心になれば、真剣に成るのです。真剣というのは、快刀乱麻を断つのです。どんな難問題でも即座に解決するのです。真剣な心・本心の心というものは、無限の知恵・無限の能力・無限の力を備えているのです。何事も真剣に、本心の心で相対すれば、道は開け、問題は解決するのです。真剣な心の前には、不可能は無いのです。真剣勝負は、一瞬の油断もできないのです。スピードの遅れが、命取りになるのです。

 祈りによって神さまに奉仕したいのであれば、寝食を忘れて、祈りに祈る練習が必要です。一瞬たりとも、祈りを忘れない真剣さが必要です。その真剣さを引き出す為にも、普段の日常生活の中で、何事にも真剣に打ち込むことが大事です。一分一秒を、大事に大事に、活かし切らなければならないのです。

 神さまの最高表現に波長を合わせる為には、『スピード化する』ということが、大事な要点になるのです。高次元の番組は、実現のスピードが速いのです。低次元の番組は、実現のスピードが遅いのです。高次元波動は、千速振る波であって、高周波の精妙な迅速な波です。低次元の波動は、荒振る波であって、低周波の粗雑な緩慢な波です。神さまの御心に近い本心の心は、何事も瞬時に、直感し・理解し・把握し・決断し・実行するのです。神さまの御心から遠い業想念の心は、何事もぐずぐずと、考え・迷い・ためらって、実行に移すのが遅いのです。同じ仕事をしても、本心の心は短時間で済むのです。業想念の心は、長時間かかって、その上に何倍も効率を悪くするのです。

 神さまへの奉仕について大事なことは、神さまが何を願い・何を必要としているかを、瞬時に把握し、瞬時に実行に移すことなのです。「後で・後から」では、必要性が無くなって、役に立たないものです。神さまの必要なことは、瞬々刻々、目まぐるしく変化するのです。今右へ行くことが必要でも、次の瞬間には、左に行くことが必要になるのです。時間がずれては、神さまの御心と反対のことをしてしまって、邪魔をすることにもなるのです。神さまの導きは、常に第一直感の中に有って、直ちに実行する時に、必要な知恵も力も与えられるのです。

 日常生活の中で、どんな仕事をする時も、『スピード化』を心掛けることが、本心開発に大きく役に立つのです。
(1)限界を破ろうとする時に、本心は輝き出て来るのです。
(2)スピード化すればするほど、高次元波動の番組に波長が合い、それが現実化して来るのです。
(3)真剣な心に、高級神霊が感応して来るのです。
(4)能率的に・効率的にというのは、神さまの知恵の産物であって、神さまの知恵に波長が合うのです。
(5)全力を出し尽くす時に、神さまの力が流れ入って来るのです。
(6)働きが増大すれば、与える量が多くなるのです。即ち借りが減り、貸しが増えるのです。換言すれば業想念の心が消され、本心の心が輝き出て来るのです。

 神さまへの奉仕には、高い能力も必要です。スピード化を心掛けて、高い能力を引き出すことが大事です。神さまの御用に使っていただく為には、あらゆる能力を磨き出す必要があるのです。真剣な特訓が必要なのです。本当に神さまのお役に立ちたいのであれば、どんな仕事も、自分が全責任をもって、迅速に果たそうと、全力を尽くすことが大事です。本当に神さまに好かれ、守りに護ってもらう為には、(1)全責任を持つ (2)全力を出し尽くす (3)真剣になる (4)行き届く (5)謙虚になる (6)素直になる (7)全体に気を配る (8)恩返しの心を持つ (9)感謝を深める、ということが大切なのです。